江戸城 二の丸庭園

EDO CASTLE NINOMARU GARDEN

江戸城二の丸庭園

現代まで遺り続けた、将軍家ゆかりの庭園。

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OVERVIEW

作品概要

東京都千代田区の皇居東御苑に位置する二の丸庭園は、江戸城二の丸に設けられていた庭園を起源とする歴史的な庭園です。
江戸時代には将軍家の御殿とともに整えられ、小堀遠州作と伝えられる庭園として発展しました。
幕末の二の丸御殿焼失後は庭園として荒廃しましたが、池は残り、明治・大正・昭和前期の地図や戦後の航空写真からもその存在が確認されています。
現在の庭園は昭和43年(1968年)に、江戸時代の庭園絵図を基として池泉回遊式庭園に再整備されたもので、江戸時代の池水とほぼ同じ位置にあります。

HISTORY

皇居/江戸城二の丸庭園について

江戸城二の丸は、本丸に隣接する区画で、将軍家の御台所に関係する御殿が置かれていました。二の丸御殿の東側には池泉を中心とした庭園が広がり、その造営には小堀遠州が関わったと伝えられています。

幕末の万延元年(1860年)頃には、二の丸御殿をはじめとする主要な御殿群がまだ残っており、庭園も御殿から眺める景観として整えられていました。

二の丸御殿は慶応3年(1867年)に焼失し、明治以降、庭園は次第に荒廃していきましたが、池はその後も残されました。明治4年(1871年)の「二丸池図」や、明治・大正・昭和前期の地図、戦後の航空写真などからも、その変遷をたどることができます。

現在の二の丸庭園は、昭和43年(1968年)の皇居東御苑整備に伴って再整備されたもので、江戸時代の庭園絵図を基に池泉回遊式庭園として復元されています。現在の二の丸池も、江戸時代の庭園にあった池とほぼ同じ位置にあります。

本作品では、幕末の二の丸庭園を基本とし、現存する地形や写真、史料から確認できる庭園の変遷をもとに復元しました。そのため、現在の二の丸庭園に残る橋や景観も参考にしています。

このほか、二の丸東三重櫓付近の築山や、乳白色の水底が特徴とされる井戸など、二の丸に残る特徴的な場所もあわせて再現しています。

GALLERY

展示写真

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